山野穴太のいまどきナースこぼれ話

2017年12月04日
第118回 病院、クリニック内の装飾についてナースが思うこと

めっきり寒くなった。最近ムッとした台詞、「おっちゃんはいいねぇ、のんびりと猫に囲まれて」。冗談じゃない、猫に囲まれて、ただのんびりと暮らせるとでも思っているのか、まったく。73匹の猫たちは飾りものではない、生き物である。エサも食わせにゃならんし、トイレの世話もしなけりゃならん。喧嘩の仲裁もしなけりゃならん。病気になれば獣医さんに連れて行かねばならん。何よりも、わが輩が金を稼がにゃならん。ならんことだらけである。
 朝は4時に起きて猫のエサやりとトイレ掃除。終われば風呂に入り猫臭を落としてから着替えて出勤。バスで20分のところにクリニックがあるからまだ助かる。仕事が終わって、帰ってまた猫の世話。家猫の世話を終えたら、次いで大急ぎで某所へ地域猫のエサやりへ。帰り着いて一休みしたら、21時を過ぎている。自分のことなどは週末にしかできない。まあ、ここで忙しさをアピールしても一銭の得にもならん。どこかの猫寺さんのように、エサの一袋も寄付してはもらえまい。まったく、猫の世話をせよと母は産んだか(注)、である。


 さて、この時期はハロウィン(もう終わったが)やクリスマス、正月……とイベントが続く。これにともない病院では季節ごとの飾りつけにも力が入る時期である。
 小児病院や小児科のクリニックでは季節にあわせた装飾を施したりキャラクターを壁一面に貼るなどし、さまざまなイベントも準備して、子どもと親の心を癒してくれる。このように、季節の装飾が小児向けの取り組みであれば理解もできるのだが、通常(最近では通常というと高齢者が主体となりそうだが)の病院やクリニックでは、そのような装飾をする必要もないだろうと、わが輩などは思うが、さにあらず。どこも結構頑張って、やれクリスマス(へそ曲がりには“苦しみます”である)や正月(同じく“冥途の旅の一里塚”である)に合った装飾をする。まるで、ここはデパートか!?と思うほど力を入れる病院やクリニックもある。  

 大きな病院であれば、看護部詰めの看護教育部(班)のおばさま(失礼)が音頭をとって、ボランティアさんと一緒におりがみや切り紙細工などをするので、一般のナースに義務というか負担は回ってこないが、われわれのような零細クリニックでは、数少ない総務職員に加えて、看護部長も含めたナースがその作業のために業務時間外に借り出されることになる。そこで、当然だがナースから賛否両論の声があがる。「時間外研修や勉強会、さらに時間外装飾作業まで加わるとは冗談じゃない。私はそれほど暇じゃない。業務に関する研修や勉強会ならまだしも、それはお断りします」と、はっきり・きっぱり言えるナースはいいが、しぶしぶつき合っているナースは「わたしゃナース。ここまでやらすなら、時間外手当出してよ」とか「ここまでやらんでもいいんじゃないの? ここはクリニックよ」といった愚痴・不満を胸にため込んでいる。その一方で、「あなた仕事間違えたんじゃない!?」とあきれられるくらい(これなどは褒め言葉の場合もあるが、「また院長や事務長にゴマすって……」との同業者からの批判の声もある)、嬉々としていろいろなアイデアを出して、さらに自前で材料を買ってきて参加するナースもいる。曰く、「だって、患者さんが喜んでくれたり、和んでくれたりするのを見るのはうれしいですから」と。まあ、うちの孫の嫁さんになってほしいと通院患者さんに喜ばれるタイプである。なんやかんやで、それでも地球は回っているではないが、零細企業のクリニックでも、年中行事に合わせて壁はデコレーション満載である。

 しかし、たったこれだけのネタで半ページ以上もダラダラと書けるとは、わが輩の腕もたいしたものであると自我自賛。反面、良心的な一面もあるわが輩のこと、ペン害(Webサイトの無駄浪費)であるから辞めなはれとの自責の念にも駆られている今日この頃である。

注) 漬物桶に塩ふれと母は産んだか  尾崎放哉