山野穴太のいまどきナースこぼれ話

2016年12月28日
第107回 看護記録をめぐる問題について

師走である。師のみならず、立て続けに猫が膀胱結石による急性腎不全、慢性下痢その他で、わが輩も獣医に走っている。そのためお歳暮も出し忘れており、いつも利用する通販の冬ギフトセールも気がつけば終わっていた。まあ、新年のお祝いとでもして、お茶を濁して送るかな。
 猫どもは、それぞれのテリトリーや仲間同士で、毛布の上や、電気カーペットの上を占領している。家の近所で保護した仔猫も数匹いるが、必ずご教育係というか、面倒をみてくれる大人猫(必ずしも元雌とは限らない)がいて、まるで本当の親子のようでほほえましい。その関係に他の猫の入る余地はなく、わが輩やボランティアの人たちは「親子もどき」といっている。

 さて、本題。
 近年、看護記録に関わる業務量が年々増えていると、現場の看護師は嘆く。看護記録が重要なのは理解できるものの、その業務負担の増大によって、実際の「看護の質」が下がることも懸念されると、ベテランの元ひよこは嘆く。しかし、看護記録は看護職員の重要な業務のひとつである。患者さんの今までの経過や現状を知るためにはぜひとも必要であるし、記録として残す(残る)ため、ある意味、実際の看護ケア以上に重要ともいえる。その保存義務は2年である。なお、処方箋や手術記録、検査所見記録も、2年間保存することが義務づけられている。また、診療録は医師法で5年間の保存が義務づけられている。しかし近年、医療ミスに対する摘発や裁判も頻発しているため、病院側もそれに対応するため(病院側に不備がないことを証明するため)、看護記録も2年以上の保存期間を設けている病院が多い。

 近年、電子カルテの発達のため、患者さんの記録として、医師の診療録と看護師の看護記録、その他記録が同一患者ファイルに混在しているのが現状である。そうなると、およそ、紙カルテで診療をこなしているごく一部の病院(少ないだろうな)や診療所以外は、いわば永久保存となるというか、せざるを得ない。
 さて、その看護記録であるが、SOAPだとかフォーカスチャーティング(DAR)とかの方法があるが、その詳細は、この雑文の、“寝転がってみかんを食べながら読む”という趣旨(誰が決めたんや)から外れるので、泣く泣く、喜んで省略する。

 電子カルテの問題点は、診療記録と看護記録、その他記録が1つのファイルに混在する点である。医師に言わせれば、看護記録や看護診療記録(たとえばフットケア記録)が幅をきかせて、カルテがごちゃごちゃしてくる。とくに外来などでは、自分の以前の診療録を探し出すのが大変だと嘆く。もちろん、検索項目で絞れば、まぁ出てくるのだが、煩雑である。なかには、「内科」や「外科」という項目で、看護師が看護診療録や看護記録を記載しているから、大所帯の病院では(とくに、本院、分院、診療所が1つのカルテを共有するところでは)、顔も知らない人の記載があると、この人は、医師? 看護師? 理学療法士? と、悩ましくて困るそうだ。それは昔ながらの医師優先の考え方だとの非難も受けるが、看護師やその他の職種とて、悩みは同じだろう。一部の態度の大きなナース(えてして専門ナースのごく一部)がカルテを占有(?)していると、医師やその他職種の者は嘆くが、まあ本人たちが悪いのではなく、ただ単に、時系列的に記載させる、昨今の電子カルテに不備があるのである。医師だけでなく、いわゆる一般ナース(専門ナースでない)からも、看護記録の電子カルテ上の位置について、カルテ記載が面倒で、自分たちの記録の一連の流れがわかりにくいとの問題提起もあるのが現状である。看護師のなかにも、昔ながらの、前方に診療録、後方に看護記録が整然と並んでいたカルテをなつかしむ雰囲気がある(それは差別やと怒られそうであるが)。

 まあ、看護記録を例にとっても伺えるが、看護のなかでも、何だか身分差というか、職種差による反目が生まれそうで難しいと、今日もお茶を濁して終わる。